『マスカレード・ホテル』を読んで、「一流の接客」をいろいろかんがえる
先日書いた記事に、くたびれはてこさん(id:kutabirehateko)からこんなコメントをいただいたので、東野圭吾さんの『マスカレード・ホテル』を読んでみた。
この本を勧めてくださって、ありがとうございます。
(※この記事は本の感想というより、本を読んでそれに関するいろんなこと考えた、っていうただの雑記になってます)
接客のスキルをモヤモヤかんがえる - ひまつぶしのーと
「マスカレードホテル」を読んで感想を聞かせてほしい。
2015/08/06 14:12
(※アマゾンのリンクはわたしのアフィリエイトではありません)
ブクログには星を3つつけた。
その理由も書いた。
3つだけ、の理由。
●犯人がだれか予測できてしまった。なんの捻りもなくそのまま当たった。
●読後になんの感情も残らない。おもしろかったけど、感動みたいに感情をゆさぶる何かがなかった。
●主人公コンビ(刑事と女性スタッフ)の関係性も、ラストはお約束的すぎて、ちょっと物足りなさをかんじちゃった。
ミステリーとしては、おもしろくは読めたけど、刑事と女性スタッフの心理や関係性の変化が予定調和すぎて、なんの捻りもなかったことと、事件そのものが最後になってみれば「大したナゾ」ではなかった。
犯人がさいしょに出てきたエピソードでカンタンに予測できちゃう。
(ここ、その疑惑から目を逸らさせるために、いろいろ「気づく」刑事と女性スタッフに頓珍漢な結論つけさせたとこが不自然すぎたよね)
ミステリー的には名探偵コナンのほうがおもしろいかも、って思ってしまったので、星3つだけでごめんなさい。
でも、この本を勧めてくださった理由は、ミステリーとしてじゃないとおもう。
接客について書いた記事にいただいたコメントだから、この物語の中に出てくる「一流ホテルの一流のおもてなし」について読んでみて、って意味にわたしはとったのね。
カンタンなあらすじは、連続殺人事件が3件起こって、犯人が残した暗号を解読した警察が、4番目が一流ホテル「コルテシア」だと突き止めて、何人もの警察官をスタッフとして潜入させることになった。
有能なフロントクラークの山岸尚美は、フロントに潜入配属された刑事の新田の「教育」係になる。
人を疑う刑事的な気質やプライドが抜けずホテルマンとしては客にあるまじき態度を取る新田に、一流ホテルマンの仕事ぶりを見せて理解させていく尚美。
フロントには毎日おおぜいのお客が来る中、問題を起こす客の対応を新田もひとつひとつこなしていく羽目になって……。
っていうかんじのストーリー。
それで、さいごは肝心の連続殺人が実際にホテルで実行されようとして、ホテルスタッフと刑事たちが事件解決に向けて動く、っていう展開。
これ、事件のぶぶんをすべて抜いたとしても、ホテルマン物語としてひとつの作品になる題材だよね。
事件とからめたミステリーにしたことでおもしろくなったのは、客を信用しなければならないホテルマンと、人を信用しない刑事の「気質」のギャップだとおもう。
さいしょは、ワガママを言う客に、客だからといってその態度を許すまいとする新田に、山岸尚美は「お客さまがルールブック」っていうホテルの基本精神を教え込む。
「ルールはお客様が決めるものです。(中略)お客様がルールブックなのです。だからお客様がルール違反を犯すことはありえないし、私たちはそのルールに従わなければなりません。絶対に」
///『マスカレード・ホテル』// 東野圭吾
尚美はそう言われた新田はものすごい驚く。
なぜそこまでしないといけないのか、と理解に苦しむ新田が聞くと、尚美は、「それがホテルなんです」と答える。
この場面のずっとあとで、従うようにみせてお客に好き放題させるわけではない、っていう尚美の上司の言葉も出てくるけど。
実際の一流ホテルって、ほんとにこういう方針なのー?ってとこが知りたくなった。
創作のストーリーの中だと、こういうサービス業のサービスは、ものすっごい理想的に描かれたりするから、このまま実際もそうなのかは鵜呑みにできない。
でもあとになって出てくる、従うように見せて好き放題にさせるわけではない(引用したいけどそのぶぶん探すのめんどくさい)、っていう言葉は尚美のセリフより理解できた。
わたしのバイトしてるお店も、本部からどんどん送られてくる接客方針は、どこの一流ホテルですか?レベルになってきてる。
まして、いまどきのコンビニは、お店にある商品をレジでお金貰って売る、っていう形態だけじゃなくて、インターネット販売サービスの窓口になったり、いろんな種類のチケットなんかの窓口になったり、公共料金や各種保険の払込窓口になったり、系列によっては書店並みに書籍の取り寄せをしたり、商品の宅配をしたり、とにかく「いろんな」サービスを扱うようになってる。
クローバーっていって、近隣にチラシのポスティングや営業をする仕事もある。
そのチラシももちろん、店内で手作り。
わたしが高校生になってはじめてバイトしたときは、「コンビニのバイトもできなければどこでも働けない」って言われてたぐらい、「バカでもできる仕事」に思われてたけど、この数年で仕事内容は死ぬほど増えて、いまはバカのままではぜったいできない職種になってるよねー。
コンビニのバイトがちゃんとこなせれば、ディズニーランドでもホテルでも働ける気がするもん。
だから、仕事がまともにできなくてクビになったり辞めていく人がおおい。
人手不足だから、よっぽど問題起こさないかぎりクビにはならないようなお店には、お客が一瞬で禿げちゃうほどイライラさせるひどい仕事ぶりの「つかえないバイト」が平然と残ってたり。
コンビニの接客のなにが問題って、本部は一流デパートや一流ホテル並みのサービスと接客をしたいのに、末端の各店舗にはその「教育」のスキルがない、ってことと、サービスの質に時給が見合わないぐらい低い、ってこと。
本部の方針としては、この程度の庶民的な店なんだからサービスもこの程度でしょうがないよねー、っていう納得をお客に持たせない。
フツーは、コンビニと三越デパートの接客は「ちがう」のが当然だとおもうでしょ。
それを思わせたくないのが本部の思惑。
おじぎの角度までマニュアルに書いてある。
その店員は、いつもお客様を入り口に立ってお出迎えやお見送りできるわけじゃないのに。
お客のレジ対応してないあいだは、ウンコテロのトイレ掃除したり、大量の納品と格闘したり、お弁当の時間廃棄をしたり、裏に入って揚げものしたり(コロッケ50個すぐ作って、とかいうお客さんもわりといる。1回に50個も揚げれない。お店は断っていけない方針)、ウォークインでペットドリンクにオマケの首掛けをしたり(キャップのとこにぶらさがってるオマケはさいしょからついてこないものは店員がひとつひとつつけます)、ゴミを捨てたり駐車場の真ん中にばらまかれた吸殻を拾い集めたり(車の人がドア開けてそこに捨てる率高し)、入り口のペットちゃんのウンコを拾ったり(買い物に来た人はお店の敷地内のは拾わない飼い主多し)、「セルフ」なのにマルチコピー機の使い方がわかんない(覚えようとしない人もいる)お客に「代わりにしてあげる(やらされる)」対応に追われたり、店内のあちこちの冷蔵ケースに溜まる冷却排水を捨てろっていうアラームに振り回されてたり、時間通りこない次の時間帯のバイトに電話かけたり(責任者不在の時間はバイトが連絡つくまでかけまくる。他に人はいないから次の人が来ないとじぶんが帰れない。帰ってはいけない規則)、レジで落とした小銭をお客と一緒に探し回ったり(させられる)、持ち込みゴルフ便の本数かぞえたりカバーかけたり(カバーはほんとはお客がかけるんだけど、やれというおじさん多し)、住所も不明な場所に行きたいからって道を聞きにくる人に場所の推理をして地図を書いてあげたり、その他書き切れないいろいろなことしてる。
基本、これを2人だけでやってる。
2人だけでレジやりながら、こーいう仕事ぜんぶやる。
発注もやる。
時間帯によっては、店内にその2人しか店員はいなかったりする。
さいきんはいった高校生のバイト2人きり、とかザラ。
それなのに、おじぎ何度の姿勢をとらなかったことにクレームでも入れば、死ぬほど怒られる。
トイレのほうから「紙がねーよ。おーい。ねーちゃん、持ってきてくんねーと出れねーよ」って叫んでるお客さんの声が店内に響きわたってて(実話です)、「はい、ただいま」って駆けつけようとすると「こっちが先なんだけど」と怒るお客さんもいるけど(実話です)、店員は2人しかいないし、レジは2台稼働してたらトイレのお客さんはどうやってお尻拭けばいーのー(実話です)、っていう「人手不足」の事態は日常茶飯事。
(ペーパーはちゃんと多めに置いてるんだけど、持ってっちゃう人いるんだよねー)
ひとりが裏で作業中、レジが混むと「すみません。ひとり呼んで参ります」って言うでしょ。
そしたら、レジから離れることじたいをものすごい怒る人もいる。
裏の人を呼び出すブザーは、裏のどこにも設置されてるわけじゃないから、そうしたら「お客さまをお待たせしない一流のおもてなし」をするにはテレパシー能力が必要になる。
《レジ混ンダ……イマスグ来テ………》
《オッケー……イマイク………》
↑こんな交信があたまの中でできる人募集。
これも実話。
レジがものすごい並んでて。
レジ応対したお客さんがホットスナックを数個買って、精算を先にして、わたしがFF袋にいれるあいだにカップ麺のお湯を入れにカウンターの隅のほうに行ったのね。
わたしがそっちに歩いてってホットスナックをカウンター越しに渡して、お客さんも「お、さんきゅー」ってニコニコ受け取ってくれたのね。
それをカメラで見たオーナーおばちゃんが、
「カウンターから出て、お客様の目の前に立って渡さなければタイヘン失礼である」
って、ものすっごーーーーーーーーーーーーい激怒したの。
レジには死ぬほど並んでるのに、レジの中から出ろ、って。
お客さんがクレームしたわけじゃないのに。
もひとつ。
レジがものすごい並んでて、その対応中。(これ前提の話として読んでね)
来店したお客さんが、レジのそばに来て、「○○と○○、このお店にある?」って聞いたので、「ございますー。あの通路の真ん中あたりに○○があって、そのおなじ通路の反対の棚に○○がございます」って、言葉でご案内したのね。
目の前のお客のレジをスキャンしながら。
それを事務所のモニターで見てたオーナーおばちゃんが、
「なぜ、お客様に探させた。その棚にご案内するべきでしょ。そんな程度の低い接客はうちでは許してませんよ」
って、ものすっごーーーーーーーーーーーーーい激怒したの。
そのあとで、こういうタイヘン問題な事例発生、ってことで、ものすっごいおっきな紙にこのことを書かれて、こんな店員は接客業がわかってない、資格がない、こんな店員をうちは許さない、みたいにものすごい書かれた。
ほかの従業員たちは、
「え?レジ応対してる最中にレジから出て案内しなくちゃいけないの?」
って、みんなびっくり。
そしたら、ひとりでもお客様に不満があるような接客はいけない、って言われて。
つまり、レジ応対してるお客さんにはご満足いくようなレジ接客をしながら、同時に、横から商品の場所を聞いてきたお客さんに即座に棚にご案内するのが「あたりまえの接客」っていう方針になったみたい。うちのお店。
テレパシー能力に加えて、幽体離脱のスキルも必須。
一流ホテルが、どんなワガママなお客も満足させる接客方針を自信を持って打ち出せるのは、その態勢がホテル全体でととのってるから、だよね。
どのスタッフも、そのために一丸となって動く。
ムリな要求は、どう受け入れるか、ホテルとして全体で策を考える。
だから、「不可能」も「可能」になる。
その一流ホテルの一流のおもてなしのぶぶんだけ真似したいわたしのバイト先の業界は、それをやりこなすスキルを高める指導までしてこない。
だから、なんの態勢もととのってない現場で、「一流の接客」をただ要求する経営者の横暴に従業員が無能呼ばわりされて振り回されるだけ。
モニターで見てたら、じぶんがすっ飛んで案内すればいいのに。
なんていう道理すら理解しない経営者が、本部に言われるまま、「一流接客」を目指すから、ブラックな労働環境が出来上がる。
本部は質の高いサービスを提供したいなら、まず、各店舗のオーナーにその研修をしっかりやって、ちゃんと「一流の接客ができるお店」の環境をととのえてほしいとおもう。
通達ひとつでは、従業員を奴隷としかおもってない田舎の地主経営者は、じぶん自ら「一流の接客とはなにか」と勉強しないから。
じぶんがおもう「お客さまに尽くす奴隷接客のお店」を目指して、じぶんの感情=お客さまの満足度、としかとらえない。
スタッフの人格も尊重しない経営者が、お客のプライドを尊重できるわけない。
一流の接客ができるところは、スタッフ自身に仕事への誇りを持たせるよね。
さいきんはあまりいい評判はきかなくなったけど、ディズニーなんかも、キャストの誇りの育成がうまかったから、パーク内の清掃員の一流のおもてなしが話題になったりしたよね。
社保も休業保障もなく安い時給で使って尊厳を平気で損ねる暴言を好き勝手に吐く経営者たちの意識が改善されない限り、どんなに本部が一流のサービスをかんがえても、それをやらされる店舗は「ブラック労働」を強いられるブラックな現場でしかなくなっちゃう。
「一流の接客」って、その接客のひとつひとつのやり方ではなくて、それをやるスタッフの「誇り」の質を高めなければ、ぜったいに「一流」なんかにならない。
この小説は、問題あるお客さんをただ満足させるサービステクニックを並べたてただけじゃなくて、「ホテル」の労働環境が一流であることが描かれていた。
だから、割に合わないとかんじるお客の横暴な要求に対しても、ホテルの看板を背負った誇りを持って、さいごまで一流の接客で尽くせる。
それは、お客の奴隷になることじゃないし、上司の奴隷になることでもない。
だれの奴隷にもなる必要なく、お客さまを王さまのようにもてなせる。
お客という王族はいても、奴隷という従業員はいない。
それが、一流の接客の現場、なんだとおもう。
ただ、この小説。
ストーリーの展開のためなのか、何か所かご都合主義的な矛盾をかんじたのが残念だった。
いぜんの宿泊時に客室の高価な備品(2万円相当)を持ち帰ってしまったお客に、また持ち帰らせない対策をとるエピソードがある。
そのお客がチェックアウトのために部屋から出たら、即座にハウスキーパーをいれてなくなってないか点検させるの。
それでなくなってる連絡を受けた尚美が、お客の荷物に紛れてる可能性を説明してカバンを開けさせようとするのね。
持ち帰ってはいけないものをお客さんがわからなくて持ち帰ってしまうことがあるから、っていう言い訳で。
これはあり得ないよねー、っておもった。
どんな言い方しても、お客に恥かかせてるもん。
もし、ほんとに「持ち帰りOKかどうかわからない」お客が持ち帰ってしまうのであれば。
お客がぜったいにそんな間違いをして恥をかかされないように、持ち帰っていい備品の案内板をつくればいいことでしょ。
もし、開けたカバンにその備品が入ってなければ、ホテルはものすごい失態を犯したことになる。
証拠もないのに、お客に恥をかかせた上に私物の点検を要求したんだから、取り返しつかないよ。
もし、備品が入ってたとしても、「持って帰ったらダメならそう書いておけよ」って言われたら、お客の非なんて咎めれない。
お客に勘違いさせたホテルが絶対的にわるいことになる。
どれも「一流の接客」を自負してるホテルが、こんなやり方するかなー、ってすごいおもった。
もしカバンを開けさせるなら、少しもお客さんの非をかんじさせないこと。
「持ち帰ってはいけないものがわからないお客がいるから」
なんて言い方は、お客側に非をもたせてる。
それを言うなら、お客さまのお荷物に誤って備品が紛れてないか、って聞けばいいのに。
あくまでも、お客は「持ち帰る」意識もしてなくて、じぶんのものを詰めてるうちに間違ってホテルのものも入れちゃってた、っていう、単なる間違いにしておくのね。
もし紛れこんでしまうと、お客様に余計なお荷物を持ち帰らせてしまう負担が生じる、って言い方すれば、ホテルがお客さんに迷惑かけるから返してね、ってことにできる。
それか、2万円程度のものを、また持ち帰る可能性をわかってて持ち帰らせようとしたあとで取りかえす、なんてことしないで、二度目も持ち帰らせる。
三度目で、ホテルが万全の予防策をとればいいんじゃないの?
やるかもしれない窃盗を、窃盗させてから咎める、ってぜったい意味なくお客を貶めてる対策だよねー、っておもった。
お客として利用を断る気がないなら、窃盗させるような貶めの罠をつくらない対策とるのが「一流」じゃないのかなー、ってかんじたの。
違反するのを隠れて待ってて違反者に切符切る警察の交通取り締まりの手口みたい。
違反する前にしないように注意しなよー、っておもうよね。
けっきょくは、そのお客さんは備品を持ち帰ってなくて。
その尚美のミスを刑事の新田が機転で助ける、って展開の場面なので、尚美にわざとそんなあり得ない応対させたんだとおもうけど、ちょっとここは一流って設定してるホテル側のやりかたとしては不自然すぎたとおもう。
本の感想というより、じぶんの職場の「接客方針」の問題点をいっしょに並べた「一流の接客について」のわたしの考えを書いた記事になりました。
東野圭吾さんは読みやすいね。
だからファンが多いのもわかる。
この小説は、映像向きだとおもうから、これもいつか映画化されるのかな。
そしたら、それは見たいなー。
さいごに、ミステリーとも接客とも関係ない気になったこと、ひとつ。
男の登場人物は、苗字で書かれてる。
新田は、とか。
だけど、女の登場人物は、フルネームか、下の名前で書かれてるの。
山岸尚美は、とか、尚美は、とか。
わたしも、この記事でなんとなくそれが自然なかんじがして、そう書いちゃったけど。
なんでだろーねー。このヘンな感覚。
なんで、男は苗字なのに、女は下の名前、が自然にかんじちゃうの?
これも偏見なのかなー、って、この記事書きながら、小説とじぶんにモヤモヤした。
それだけー。
結論なし。
じゃあのー。