ひまつぶしのーと

ヒマつぶしに書いてます

2 4 。

日記みたいなもの。

 

 

 

 

 

 

 

ほーほー。

お祝いの言葉をくださった方たち、ありがとーございました(^_^)

ほーほー。

 

 

書くお仕事の知り合いの人たちに、サプライズでお誕生祝いをしていただいた。
ほんとにぜんぜん予測してなかったから、ほんとにびっくりした。
手作りのホールケーキを用意してくださった人がいて、可愛いローソク立てて、ハッピーバースデー歌ってくれて、ローソクを一気にフーッて消して、お祝いの乾杯。

 

海外に行ってた人がかわいい小物をプレゼントにくれた。
窓際のカーテンレールにぶらさげておくと、風が入ってくるたびにシャラシャラ金属音がするの。

 

書く仕事のほうは、このメンバーとはちがう仕事でいろいろ精神的にダメージがすごいことがあって、もうやめよーかなー、って思ってたとこ。
わたしにはこういうフリーランスでがんばっていく能力とか気力とかがないのをすごい自覚して、またじぶんを責める材料ばっか増やしてウツを悪化させてた。

 

さいきんまた希死念慮がひどくて、でもわたしが投げ出したら何人もの人たちにものすっごい大迷惑をかける状態まで進行してる仕事をかかえているから、いまは事故だって死ねない。
実際はわたしがいなくても世の中の物事のおおもとはなんともないままだろうけど。
でも、やっぱりそれでも「いまは投げ出せない」って思うぐらいの責任は「人とやる仕事」をしていれば担う。

 

お誕生日祝いをしてもらって、この仕事だからものすっごいステキな人たちと出会えたことはしあわせだと思った。

だけど、その帰り、ふわふわしあわせな気分に酔ってたじぶんからすーっと魂みたいなものが抜けて、ふわふわ歩いているじぶんを俯瞰する。

 

しあわせはたまご色をしてる。
たまご色の気体にじぶんのカラダが包まれている。
そんなじぶんを俯瞰してると、たまご色の気体の外側の褪めた世界も見える。
じぶんを包むたまご色の気体の層はとても薄くて、すぐ外側に広大な褪めた世界ががっしりとじぶんに押し寄せていて、しあわせの儚さを俯瞰するじぶんが視る。

 

何分もしないうちに泣きたいきもちになるよ。
俯瞰するじぶんがたまご色に包まれたじぶんに言う。
そしたらほんとに、何分もしないうちにたまご色の気体がサーッと薄れて消えて、醒めた世界に剥き出しになったわたしが泣きたくなってた。

 

家に帰りついたときには、むらさき色の希死念慮の気体がわたしを包む。

視界はぜんぶむらさき色になって、ベッドに座ってぼーっと部屋の壁を眺め出す。
気づかないうちに泣いていて、タオルで拭いても拭いても涙はキリなくて、目の前の宙に黒いモヤモヤした穴が開いて、その中に吸い込まれそうになる。

 

ときどきそんなふーに宙に開く黒い穴が「死」なんだと思う。

希死念慮っていうのは、その穴に吸い込まれちゃうこと。

ウツの自死は、「死」に向かうんじゃなくて、吸引されること。

そんなことをウツになって知ると、いちど吸い込まれてみて黒い穴の中を見てきたら、それで満足して、なんとかこの世で生きていけるかもねー、なんてこと考える。

戻ってこれないから、穴に吸い込まれた人は自殺したことになってしまうけど。

戻ってこれたら、穴に吸い込まれたあと、ぽいって穴からまた吐きだされて、そのままけろっと生きていけたかもしれないのにね。

 

なんでたのしいこともたのしめないのかな。
なにもかもがたのしめない。

前向きになるときもあるのに、そんなじぶんをウツがものすごい勢いで追いかけてきて、後ろからグイってあたまを押してムリヤリに下向かせてく。

 

なんで?
いま、たのしいよ。
いいこと、あったよ。
いまがそうだよ。

 

って、あたまを押すウツの手に抗って、必死で顔をあげようとするけど、ウツの腕力にはかなわない。

仕方なくて、下を向きっぱなしになる。
なにもたのしいことを見たらダメなかなしいきぶんが襲う。

 

誕生日に自殺したウツの人を知ってる。
子どもを生んだ日を子どもの命日にさせるなんて親にひどい、って怒った人がいた。

 

ちがうよ。
そんなひどいことを考えれるほど、強い感情なんて持ってなかったはず。
誕生日はじぶんのこころに、ひとつの区切りをつかせるからね。
こんな年になった、ここまで生きた、って。
そのときに、ふっと、「もういいかな」って思っちゃう。
そういう、魂の風船の空気が抜けちゃうタイミングをつくりやすいんだよ、誕生日は。

 

って、誕生日のときにじぶんに襲ったものを体験して、そんなこと思う。

 

四大事ぐらいまでありそうな一大事が、まだ一大事の真っ最中。
二大事まで進んでないの。
そこまで向かっていけるこころの体力なくて。

 

乗り越えれなかったらどうなるのか、わけわかんないぐらいの不安が襲う。
それもウツを悪化させてる。

 

アメーバでまた日記的なブログ書くようになった。
スパムの悪口、あんなに書いたし、相変わらずスパムばっかだけど。

でも、ピグの中で知り合う人が出来てきて、その人たちのアメーバブログも読んだりするようになったから、アメーバIDで「いいね」とかつけれる場所はひとつあったほうがいいかなー、って考えなおした。

 

わたしの考えはいつもころころかわる。
でも、それでいいことにしてる。

 

ずっと先のことまでちゃんとすべてを見通して、未来の時間に「いま」をちゃんと繋げていけるだけの知能はないから。
そのときにいちばんいいと思ったことを考えて、それでダメならまたちがうこと考えて、いろんなふうに考え変えていきながら、あたまの悪いわたしは進んでいくしかないんだと思う。

 

だけど、考えを変えながら進んでいく中で、どこかのわたしの考えに反発をいだいた人は、そこで離れていく。
既に、失恋のときからいろいろそのときの感情をそのままに書いてきたことで、わたしから永遠に離れていった人もいるし。


あとになって、そのときの感情はあらわにするべきじゃなかったのかも、って思うけど。
それなら、人に読まれる場所に書くべきじゃないね。
ノートに移り変わる感情を書いていけば、そのもがく途中のわたしはだれにも見られない。
いつも感情を隠した冷静なじぶんだけを人に見られるようにする。
それがオトナの生き方なのかもしれないけど。

 

こんなこと書きながら、それができないじぶんは、いまの能力のじぶんの感情や考えの整理をどうつけていくのがいちばんいいのか、わかってない。
あちこちで日記を書いては消して、それで後悔する種をまいて、じぶんの人生を禍々しい雑草の草原にしてく。
そんなふうに失敗しながら、禍々しい草原に大の字になって寝転がって、最終的に「あー、わたしの人生、うんこだったー。わたしはうんこに過ぎなかったー」って空に向かって叫んで、人生最終日を迎える気もする。

 

生きててなーんにもたのしくない。

 

そんなウツに捕まったまま、わたしはみっともなく生きて、みっともない人生築いて、みっともなく死んでいく。

 

さようなら、わたしから離れた人。

 

なんてきれいな涙流せるようなきれいなニンゲンでなくなった。

24年生きたいまのわたしは。

 

 

 

 

 

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今回のライフのイベント、あんまり気乗りしなかったのに、実際にアイテムいろいろ見たらものすごいかわいいのばっかだったから、いま、せっせとサボテン毟ってる。

なんで女の子のピグもウッディの服なんだろーねー。

ジェシーの赤い帽子のほうが欲しかったよー。

 

おれのブーツにはウツウツヘビ。

あんた(ウツ)はおれの相棒だぜい。

 

 

じゃあの。バキューン。←人生を銃で撃ち抜いてる

 

 

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